: 626
晩風が擾げば、夢ぞ醒めにける。 曉天に紛ふ繽繙見て、何をか思へる? 靉靆きたる雲を餝る 薄赤き碎片、 何處へ往なむ。俱に連れたる 風の行く方知らねど。 侘びしかりけり。春闌殘たり、 人知れずこそ明けぬれ。 馨攫はるれば、徒なる蝴蝶、 花を戀ひざりけり。 嘆けども時は待たず。 色褪するは、宿命ならむ。 如何で命の果つる迄、 絢爛たる花よ、落ちずも有らなむ。 鶯舌乾びなば、花時長からじ。 落花もいとをかしと言ふめれど、暮春ぞ文無き。 可惜清けき月愛でず、花舞ひ吹雪くらむ。 袖濡らしつつ、不圖申ししは、 醉ひの言ならなくに。 斯く移ろひて、萌ゆるを待てり。 徒らに身を盡くしき。 佐保姫を留むる 憂き世なりせば、 人は去らざらまし。 氣懷かしき春霞、 暮るる空に、出づる霽月。 夢も現も逢はぬなりけり。 宛ら囈語の所爲なり。 吹き頻きて風を激み、 身罷る前、唯咲き匂へ。 短き命は憂ふれども、 猶囈語を果無みつ。 縱しゑやし風の隨に、 地を覆へるは、花の氈褥。 飄はで長雨堪へける 零丁なる花よ、散らずも有らなむ。